Action活動レポート

「農泊と観光 」~2章:農泊の推進~

 農林水産省は農山漁村を国民のためのレジャー・リゾート空間としてとらえ、都市と農村の相互交流を図るため、平成4年に「新しい食料・農業・農村政策の方向」で初めてグリーンツーリズムの振興を示し、「農山漁村において、自然、文化、人々との交流を楽しむ滞在型の余暇活動」を積極的に推進する方針を立てた。

 平成7年には農山漁村滞在型余暇活動のための基盤整備に関する法律を制定し、平成15年には旅館業法施行規則の一部を改正する省令が施行されたことで、第一次産業の現場での「体験民宿」が全国的に開発されるようになった。2)かつての「リゾート法」による開発中心の観光振興を見直し、日本弁護士連合会の平成16年の決議に沿うように、そこにある自然や地域文化の尊重、人と人との交流を中心としたグリーンツーリズムが推進され始めた。

平成20年からは文部科学省、総務省、農林水産省の連携事業として、学習指導要領の改定に合わせるかのように、農山漁村での様々な体験活動を「生きる力」あるいは「食育」という表現で子どもたちに提供する「子ども農山漁村交流プロジェクト」を開始。第一次産業への関心、その生活や文化などへの理解醸成と農林漁業者の所得向上を目指した。中国四国農政局も各教育委員会への働き掛けを実施し、同様に全国で推進したことで、本来のターゲットであった小学生のみならず中学・高校生をも含む教育旅行の受入先として全国各地での展開となっている。今では海外からの教育旅行の受入先として評価されるまでになり、日本の原風景の中で農村文化体験の場として拡がりつつある。

筆者が初めて「農泊」に関わったのは、平成8年5月の津山市立中道中学校の修学旅行だった。翌年の計画を立てるにあたり、当時沖縄本島中北部地区で教育旅行の流れができ始めていた「漁家民宿」への分宿計画を検討することとなった。修学旅行は基本的には全館貸切とか一校一館など、団全体を同じホテルに泊め、他の客との接触をできるだけ避ける傾向であったものを、生徒を分散宿泊させ、その一日を家族として交流するというもの。それまでの教育旅行の傾向では、一部私学の高校を中心にしてペンションや民宿への分宿はあったが、公立中学での実施は極めて珍しいものだった。岡山県内では初の取組であり、幾多のハードルを乗り越えながら実施に向けての準備を進めた。

まず、生徒の管理をどうするのか。食物やペットアレルギーへの対策、けが・病気など緊急時の組織はどうあればよいのか。結果として、翌年の実施直前に筆者自身が異動になり、その実務は後任に任せたが農魚家への分宿は画期的な発想と考えられた。今では教育旅行にはなくてはならない宿泊形態としてとらえられており、本来は農魚家の本業に加えた付加収入源の一つとして、また新たな就業機会の創出として農林水産省も進めてきた。しかしながら、本業をやめて農泊に集中する農魚家が多くなり、本末転倒の様相も見えている。

広島県が瀬戸内の島しょ部、中山間部を中心に教育旅行の宿泊を目的とした「農家民泊」の創出に着手したのが平成23年。広島商工会議所が中心となり広島湾ベイエリア・海生都市圏研究協議会を立ち上げ、先行する山口県周防大島をモデルに江田島、大崎上島、安芸太田町、北広島町の4か所が農家民泊の推進を開始。その事務局を筆者の管理する広島営業部(当時はJTBコミュニケーションズ)が受託し、教育旅行の知見や経験を請われ、その基本的な教育や指導を任された。今ではその組織に福山や庄原も加わり、体験型教育旅行の優秀なモデルとして全国あるいは世界の学生・生徒・児童が来訪するようになった。

ちなみに、福山(沼隈・内海)と庄原(高野)は農林水産省の都市農村共生・対流総合対策交付金を活用し、コーディネーターとして直接参画した。モニターツアーの実施から受入態勢の構築、実際の教育旅行の誘致に至るまで携わった。内海町のモニターでは松江市立M高校、兵庫県明石の学習塾、岡山県立KA中高校、岡山県立KC高校が参画。生徒たちのアウトプットにより地域のモチベーションアップと実際の受け入れに関するマニュアルが完成した。実際の誘致ではオーストラリアの高校、そして東京の私立開成高校を招致でき、多くのマスコミが取り上げてくれた。これによりプロモーションの一端となり、広く事業の情宣活動ができた。

全国の「農泊」のモデルとしては大分県安心院町が先進地としていち早く動いており、成功事例として多くの視察団が訪れている。平成31年3月17日には「未来ある村 日本農泊連合」が結成。安心院で結成大会が開かれ、その結成声明文には活動方針として、

  1. 農泊の啓発・普及に関するシンポジウム・研修会を開催し農泊の質の向上を目指す。
  2. 都市と農村を同時に救う欧州のような長期休暇制度(バカンス法)の法整備のため、まずILO132号条約(年次有給休暇に関する条約)の批准を目指す。
  3. 親でも学校でもない「第3の教育」農泊教育旅行の法整備を目指す。
  4. 農泊の質の向上・推進・連携のため「農泊推奨の証」の発行。

が示され、都市と農村の連携を目指している。グリーンツーリズムのリーダーとして安心院の果たす役割の大きさを示すこととなった。ちなみに「バカンス法」では、

・休暇は1年に最低3週間。

・最低2週間の連続休暇の付与。

・疾病等による休暇は有給休暇に含めてはならない。

という内容になっており、現在ドイツ、イタリア、スペインなど世界37か国が批准している。日本人が忘れかけている原風景や風俗・文化、伝統・伝承、人情や風情など、これらが農山漁村には顕在しており、これらを再評価する動きが「インバウンド」にみられる。また、国内の教育現場においては日本農泊連合の活動方針にもあるように教育の場としての期待もある。3教育現場が欲する農泊は、おおむね「躾」であり、古き良き日本の知恵袋の伝承でもある。都市部の二世代、しかも共稼ぎの多い家族のカタチには、食事を共にしたり、一日の出来事を話し合う時間もないのが実情だ。箸の上げ下ろしから、いわゆる道徳的な素養に欠けがちな子どもたちに教育の機会を提供するという考え方でもある。

全国の農家民宿の多くが、この流れの中で教育旅行の誘致を目指す目的には、リピーターとしての回帰を望むところでもある。修学旅行で訪ねた街には再び訪れたいという意識が生まれるのは洋の東西を問わずあるようで、アジア・パシフィックエリアを中心にした海外からの教育旅行誘致にも自ずと力が入り始めている。