Action活動レポート

「農泊と観光 」~3章:岡山県吉備中央町・・・

第1節 吉備中央町の概要

吉備中央町は岡山県と広島県に広がる吉備高原の東部に位置し、標高200~500メートルで比較的緩やかな波浪状の地形とやや内陸性で岡山県南部より冷涼な気候が特徴である。こうした自然環境を活かした農業が古くから基幹産業として発達し、今では水稲、高原野菜、果物、花卉栽培などで県下有数の産地となっている。

また、岡山県下三大奇祭のうち2つが吉備中央町で行われており、加茂大祭と吉川八幡宮当番祭がある。毎年10月の祭礼当日には多くの観光客が見物にやってくる。こうした伝統的な祭りを核にコミュニティを形成し、その伝統文化を継承している。しかしながら、平成22年の人口13,033名から30年後には7,681名に減少するであろう予測の見通しと、生産年齢人口に関しても6,932人が3,817人に減少し、「人口減少が地域経済の縮小を呼び、地域経済の縮小が人口減少を加速させる」という負のスパイラルに陥っている。そのような中で、「夢を語れる街づくり」と題して、観光入れ込み客数の増加や企業・事業所の誘致を図っている。4日本全国どこにでもある自治体の取組ではあるが、「農泊と観光」の具体的な活動を始めた吉備中央町の3つの取組状況を見てみよう。

第2節 農泊を中心とした教育旅行の誘致

教育旅行の誘致は5年前に始めた8軒の「農家民宿」からの発想。携わる町民がモチベーションを保ちながら積極的に推進できるのは若い人たちが賑わいをもたらし、リピートする可能性を期待できるため。当初頼った専門家がこれからはITの時代とネット集客に依存したために目的の客層である教育旅行には辿り着けず、農泊の理念を理解しないFIT(Foreign Independent Tour:海外個人旅行)が集中したため挫折した。そこへ声がかかり、条件の整理をしたうえで、ターゲットをアジア・パシフィックの教育旅行と関西地区の私学の合宿的な行事と定めた。8軒の民宿では宿泊キャパシティが50人程度と通常の教育旅行では2クラスも対応できないことから、30~40人のグループとして動く教育旅行の種類を絞った結果だ。高校生、大学生、そして外国人のモニターなどを繰り返した結果、実際に台湾の教育旅行、関西の私学の春休み研修などが誘致できた。

(平成30年6月 台湾の高級中学が農泊を体験した様子)
(平成30年6月 台湾の高級中学が農泊を体験した様子)
(平成30年6月 台湾の高級中学が農泊を体験した様子)

その過程において、農林水産省の農山漁村振興交付金が平成29年度、30年度と2年間交付されることで予算の確保ができ、モニターツアーの実地検証を行った。

  • 平成29年8月 関西・広島地区の小学生を含む親子連れ18名。

親子連れは夏季休暇や春期休暇など、家族対象もしくは小学生のみの合宿等の可能性を探った。「夫の実家でお義母さんから教わる料理より、農家民宿で教わるほうが気楽でもっと教えてほしいという気になるので、また来たい」という言葉には新たな需要を見出した。子どもたちは自然の中で遊ぶことに慣れていないが、民宿のおじいさん、おばあさんが手取り足取り教えてくれること、孫と思っての扱いが距離を縮めてゆくことを確認した。

  • 平成29年10月 岡山県立KC高校23名。

KC高校は岡山県立で在校生1000名のうち男子は10名程度。生徒一人ひとりへのサービスの公平性を求められる公立校であり、筆者のJTBにおける教育旅行添乗経験から、旅行中の体調変容などの対処でトラブルが起きやすい女子中心であることから継続的なモニター校とし、生徒の体験後のアウトプットを求めた。女子高生らしく遠慮のない付き合い方やいわゆる雑魚寝の中での楽しみ方を提案してくれた。

  • 平成29年12月 国立O大学と在版の欧米人16名(うち外国人6名)。

国立O大学の学生には大阪からの距離感を感じていただき、ゼミや合宿での利用の可能性を探った。また、在阪外国人の感性をヒアリングする通訳的な役割をしていただき、FITインバウンド対応の可能性を検証したことで、日本の農村文化の原点を見出せたと喜ぶ声が多く聞こえた。農家民宿側は外国人の対応についてはiPadや翻訳アプリなどを駆使し、身振り手振りで応対することで意思は通じるものと理解して自発的に取組み始めた。

  • 平成30年8月           KC高校とO高校の合同 1回目39名
  • 平成30年11月         KC高校とO高校の合同 2回目41名

O高校とKC高校との合同開催は、O高校がごく一般的な公立共学であることと瀬戸内市牛窓という海岸リゾート部に近く、中山間部の吉備中央町との対称的な場所として、相互送客の可能性を期待し、調査協力を依頼した。高校生の過半数は中学校の修学旅行で沖縄あるいは九州の「民泊」を体験していた。そのため農家民宿には親しみを感じながら家人との交流を楽しみ、畑で野菜を収穫したり、その採れたて野菜などを一緒に料理することで「命をいただく」という食育にも通じる体験としてとらえた。もちろん学校現場が求める「躾」についても家人が実践を繰り返した。

  • 平成31年1月 関西地区中学校教員4名(別に2名子どもを同伴)

関西地区教員のモニターは教育旅行を実施する立場で現地視察をしていただき教員目線で生徒の安心・安全を担保するための方策を検討。そのヒアリングができた。

これらの取り組みにより農家民宿への理解が町民の中にも浸透し始め、参加家庭が徐々に増えて現在10軒にまで広がっているが、通常の修学旅行の受入れまで先は長い。最低20軒、100名の収容能力を当面の目標としている。

第3節 岡山県下三大奇祭のひとつである加茂大祭の継続実施と観光誘客

加茂大祭は岡山県指定重要無形文化財で、寄宮(よせみや)祭として950年の伝統を誇る岡山県下三大奇祭のひとつ(吉備津神社の七十五膳祭、吉備中央町の当番祭を合わせて三大祭)。町内8箇所の神社から、樹齢500年を越えるといわれる杉や桧の森に覆われた加茂市場の総社宮に神輿や太鼓の行列が集い、古式ゆかしい神事が繰り広げられる。この日は町内全域に笛や太鼓が鳴り響き、お祭りムード一色になる。

加茂大祭の歴史の始まりは、社伝によれば天喜年中(1053~58年)と記録されている。当時、加茂郷と呼ばれていた旧加茂川町一帯に悪疫が流行し、その悪疫が神威によって祓い除かれたので、それに感謝するために付近の12社が総社に参集したといわれている。

その後、戦国時代に入り前後200年の間加茂大祭は中断されたが、江戸時代中期より再興され以後毎年行われてきた。そして、昭和34年に岡山県指定重要無形民俗文化財に指定された。この加茂大祭保存のために「備前加茂大祭芸能保存会」も結成され、今日も盛大に神事が行われている。5

このような地方の祭りに今、危機が訪れている。人口減少問題である。少子高齢化の波はこの町にも当然のようにその影響を色濃くし、祭りの存続が危ぶまれている。500㎏を超える神輿を担ぐには若くて力のある男性がこの村にいてこそのこと。定年を迎えた高齢者が青年と呼ばれるような過疎の村に歴史と伝統を受け継いでゆく担い手が不足している。

祭りを利用した観光客の誘致については、平成30年の10月に在阪の欧米人を20人、岡山県内在住の外国人30人をトライアルとしてモニターツアーを実施。これにはカナダ本国からの参加者も現れ、実際にホンモノに参加できるという触れ込みに彼らは参加の意義を見出した。氏子を中心に歴史と伝統、さらにはそのしきたりを継承しようとする地域の意思に反してその継承する者が不足する中で、厳密なしきたりを踏襲することがしづらいことを悟り、「よそもの」を受入れることに傾いた事例である。

日本各地で祭りを見物し、一部の催しに参加できるところもあるが、氏子と一緒になって祭りの内に参加ができるのは稀有である。前日祭で神輿の組立をし、その社を中心にした人々との交流を楽しむ。当日は早い社は深夜2時に渡御を開始する。幾度も休憩を取り、酒を酌み交わしながら歴史と伝統に浸る。本社(ほんやしろ)の総社宮に集結した時には夫々の社の氏子と一体となって神輿を練る姿には洋の東西の垣根なく、祭り(Festival)を楽しみ、自らを禊ぎ、日本の伝統・文化を心から満喫する姿と映った。

祭りも終盤になり、彼らは夫々の旅程に戻るために神輿から離れなくてはならず、元の社に返すまで氏子たちと時間を共有することはできない。飛入り参加の彼らの満足感の中にも相対した寂しそうな顔とは別に、氏子たちにも別れるのが惜しいという情が生まれる。「来年も必ず来いよ」という片言英語が飛び、それに応えて、「また、来るよ」と片言の日本語が返る。 

岡山県下三大奇祭と呼ばれる地域の宝である祭りをいかに継承してゆくかの解答例として示してくれる。担ぎ手不足をアルバイトで対処するのではなく、よそもの(観光客)で賄い、参加費としてのフィーを町に落としていただくシステムの構築はこれまでにはない手法として着地型商品としての完成形に持ち込みたい。来訪者にも町にもwin・winの形が出来上がる。この日の彼らの様子をDVDに収め、今年の加茂大祭の実施に向け、世界へ向けてYou-tubeやSNSで発信している。募集人数は限られているが、令和元年は実際の企画募集型ツアーとして在阪の外国人向けに販売を開始した。

同様の考え方で、広島県安芸太田町では平成23年から平成30年に都市部等からツアー参加或いはボランティア活動として参加・実施していただく「雪かきツアー」を催行して、重労働である雪かきのできない高齢者の手助けをしたという事例もある。

第4節:自然環境と動物施設を活用したメンタルヘルスプログラムの構築

 平成27年の労働安全衛生法の改正によりメンタル不調者のストレスチェックの制度ができて以来、メンタルヘルスあるいはヘルスツーリズムの名称で全国的にその取り組みが始まっている。筆者は平成24年に広島県A町の森林セラピー基地の開業をきっかけに、メンタルヘルスプログラムの着地型商品化の開発研究をしてきた。しかしながら医療を前面に押し出すことに頼り、その構築の厳しさを実感してきた。数値エビデンスを示すことで「ここ」が健康改善の最適地として訴えようとすればするほど、その示す数値自体がいかにも眉唾と映る。数値が良いことで健康体というなら、その土地在住の人はもれなく健康体でなくてはならないと考えてしまう。

セラピータウン構想を謳う吉備中央町ではJTBと共に岡山大学医学部産業衛生学の専門医と共同開発に着手した。医療的なアプローチは極力避け、社会保険労務士の監修を受け、法やモラルを基本ベースとしたリワーク(復職)プログラムの開発を目指している。企業の総務・人事担当者のモニターを実践し、その意見を取り入れながら商品化にチャレンジする。不調者がいよいよ復帰という前段で最後の仕上げをする場所として、自然環境、農業現場に加えて農泊の交流の力と、岡山乗馬倶楽部の馬と河内牧場の牛という命や生きる力を吸収できるコンテンツを活用しようと企図している。とりわけ教育旅行でも期待される躾を基本とした農泊でのコミュニケーション、体験・交流はこの事業では不可欠なパーツとして考えている。 吉備中央町のこれら3つの取り組みは平成28年度から具体的に筆者がアドバイザーとして参画している。観光庁主導で全国的に展開が始まっているDMOの候補法人である株式会社Kibilyが吉備中央町にはある。都市部より移住した地域おこし協力隊によって興され、近い将来にはこの組織がこれら開発中の着地型商品の管理、運営、販売を担ってゆくことを目指す。いずれのプログラムも農泊を基本ベースとして考えており、地域資源を活用しながら、地域の収益獲得への貢献、新たな事業の創造を目指すところである。